『Une part manquante– また君に会えるまで』ギヨーム・セネズ
━ 個人と社会のまなざしのあいだで


夜の都会を映し出す車窓。ルームミラーには道路や建物、通行人たちがくっきりと映る一方で、フロントガラス越しに見えるのは、ぼんやりとにじんだネオンの光。やがて人々で溢れかえるスクランブル交差点が現れる。どうやらここは渋谷であるようだ。この車を運転するのは、とあるフランス人のタクシードライバー。彼は確かに存在する「東京」という街を走りながらも、どこか出口のない抽象的な空間を彷徨っているかのようだ。

このように夜の東京の街を走る一台のタクシーからはじまるのは、2024年11月にフランスで公開された映画『Une part manquante – また君に会えるまで』である。

日本に住むフランス人のジェイことジェロームは、日本人女性と結婚し1人の娘を授かる。しかしある日突然、妻が当時3歳の娘リリーを連れて家を出て行ってしまう。彼は妻子の居場所を一切知らないため、それ以来一度も娘と会うことができない。それでも家族とのつながりを諦めきれない彼は、タクシードライバーとして働きながら東京で生活を続ける。そして9年経ったある日、偶然タクシーの中で成長したリリーと再会する。

本作の監督は、フランスとベルギーの国籍を持つギヨーム・セネズ。これまでにも『Keeper1』(日本未公開)、『パパは奮闘中!2』の長編2作を発表している。どの作品も家族やカップルの間に生じる葛藤や愛情がテーマとなっているが、今回は彼の生まれ育った故郷ではなく日本を舞台としている。セネズが日本で映画を撮ることを決めたのは、前作『パパは奮闘中!』の撮影時に、離婚した日本人夫婦の親権の話をたまたま耳にしたのがきっかけだという。それを機に、彼はのちに主人公のモデルとなったヴァンサン・フィショ3の実話を基に映画を制作することにした4。言うまでもなくセネズにとって日本は「異国」であり、本作は外国人という外側の視点から家族の問題を見つめようとする試みである。


この映画の中心的なテーマは日本の単独親権制度であり、とくに離婚をした夫婦の間で起こる子供の連れ去り問題に焦点を当てている。共同親権のフランスでは、離婚しても夫婦の親権は失われず、子供との関係は維持されるのが一般的である。しかし日本の場合は単独親権のため、親権を持たない片親が子供とのつながりを完全に絶たれてしまう実例も少なくない。フランスの映画記事や批評の多くは、この作品を社会的映画と位置づけ、日本の親権制度に対する驚きと非難を表明しながら、単独親権における問題点について議論している。

しかしセネズは、こうした家族の問題を社会問題として正面から糾弾し、映画を通して自身の主張を押し通そうとするのではない。あくまでも生き別れた娘を探す一人のフランス人男性の物語として映画を提示する。原題の「une part manquante」(直訳で「欠けた部分」という意味)が示すように、セネズは政治的な側面よりもむしろ人間の内面性に目を向けているように思える。

たとえばカメラは常にジェイ個人の視点で出来事を観察し、フィクションでありながらも半ドキュメンタリーのような手法を取っている。前2作の『Keeper』、『パパは奮闘中!』と同じく、カメラは固定されず人物を追い続け、会話の場面でも切り返しの編集が多用されることはない。長回しによって人物のわずかな表情の変化や時間の間(ま)を捉えながら、ジェイの感情の揺れや周囲の人たちとの関係性を細やかに映し出すのである。

そのため観客は、カメラが捉えるもの以外のことはほとんど知り得ない。基本的にはジェイの身の周りで起こる出来事や光景しか見えず、彼の素性や過去、妻との別れの理由などが明らかにされることはない。主人公の視点に立って寄り添いながら、社会へとつながる物事を静かに見つめる。セネズはこのようにして、この映画を見ている観客も、二極化した立場や考えに陥ることを回避しようとしているのかもしれない。


この映画は、タクシーのシーンがくり返し現れるのが特徴的だ。それは単に主人公がタクシードライバーであるからだけでなく、物語の転換点として機能する。車窓から外を眺める冒頭の場面から、娘と再会する場所、ジェイと同じ境遇にある仲間たちと歌や気持ちを共有する空間、また娘との最後の別れもこのタクシーの中である。

とくにタクシーは娘リリーとの関係性において特別な空間となる。ある日ジェイは、休んだ同僚の代わりに、足を捻挫したリリーの学校の送迎を担当することになる。最初はフロントミラー越しにリリーを見つめるが、何度も顔を合わせるうちに時々リリーの方を振り返りながら会話をするようになる。しかし2人はそれぞれ運転席と後部座席にいるため、互いの身体と目線が正面から合うことはない。そしてついにジェイが自分が実の父親であることをリリーに明かした日、2人は海へ向かい、タクシーを出てようやく正面から向き合うようになる。こうした2人の微妙な距離感が、タクシーを通して静かに表現される。

一方でタクシーは、ある象徴的な意味を持つ空間としても描かれる。車窓から都内を眺める映像は、日本を舞台とした他の外国映画にもしばしば登場する。たとえば前年に公開されたヴィム・ヴェンダースの『パーフェクト・デイズ5』が記憶に新しい人も多いだろう。その他にもソフィア・コッポラの『ロスト・イン・トランスレーション6』、キアロスタミの『ライク・サムワン・イン・ラブ7』などがある。どの作品にも共通するのは、車の走行が単なる移動の手段ではなく、街を一歩引いた距離から眺める視点として表わされることだ。実際に東京という場に身を置きながらも、日本の外側にいる人間として東京を見つめる。そうした登場人物ないし監督の視点が、こうした場面に反映されているのかもしれない。

近年、日本を舞台とした映画を論じた批評や記事には、「Tokyoïte」(トーキョイット)という言葉が散見される。「Tokyoïte」はフランス語の造語で「東京に住む人」を指し、「東京の〜」といった形容詞としても使われる。要はパリに住む人をパリジャン・パリジェンヌ(Parisien/Parisienne)と呼ぶことに近い。
また現在は排外的なニュアンスを持つようになった「Gaijin」(ガイジン)も、フランスをはじめ多くの国で知られている単語である。この映画でも、ジェイと同じく子供と引き離されたフランス人女性ジェシカが、自分たちを「ガイジン」と呼ぶセリフがある。

「Tokyoïte」と「Gaijin」は、まさにジェイの境遇とアイデンティティそのものであると言える。まだ日本的な振る舞いをもどかしく感じるジェシカとは対照的に、ジェイはすっかり日本の文化に馴染んでいる様子である。同僚と日本語で会話を交わし、銭湯に通い、ときおり古本屋に立ち寄る。また争い事を避け、不遇な状況にも耐え忍ぶといった、日本人さながらの一面も見せるが、異邦人であるが故の苦労にも悩まされる。リリーと再会し徐々に心を通わせていった彼は、タクシードライバーの仕事を放棄しリリーを遠く離れた海の方へ連れ出す。だがその行為が子供の誘拐とみなされ、最終的にフランスへの強制送還を命じられてしまう。彼はこのようにしてTokyoïteとGaijinという二つの間で引き裂かれる存在なのである。

このようにして『Une part manquante – また君に会えるまで』は、観客を個人の体験に寄り添わせながらも、なおかつ社会的な問いを静かに投げかける映画として立ち上がるだろう。しかし残念なことに、現在この映画は日本ではいまだ上映されておらず、その公開の目処すら立っていないのが現状だ。いつか日本の観客もスクリーンでこの作品に立ち会えることを願うばかりである。


【予告編】UNE PART MANQUANTE Bande Annonce (2024) Romain Duris

▼作品情報
『また君に会えるまで』 
監督:ギヨーム・セネズ
フランス・ベルギー/2024年
脚本:ジャン・ドニゾ、ギヨーム・セネズ
キャスト:ロマン・デュリス、ジュディット・シュムラ、メイ・シルネ=マスキ、ツユ・シミズ、成田結美、内田春菊、パトリック・デカン、阿部進之介
美術:清水剛
編集:ジュリー・ブレンタ
音楽:オリヴィエ・マルグリット

Une part manquante
Réalisation : Guillaume Senez
France/Belgique (2024)
Scénario : Jean Denizot, Guillaume Senez
Interprétation : Romains Duris, Judith Chemla, Mei Cirne-Masuki, Tsuyu Simizu, Yumi Narita, Shungiku Uchida, Patrick Descamps, Shinnosuke Abe
Décors : Takeshi Shimizu
Son : Nicolas Paturle
Montage : Julie Brenta
Musique : Olivier Marguerit

  1. 『Keeper』(2015年)15歳のカップルであるマクシムとメラニーは、お互いに仲睦まじく愛し合っていたが、ある日メラニーの妊娠発覚により、2人の日常が変わっていく。 ↩︎
  2. 『パパは奮闘中!』(原題:Nos batailles、2018年)通販サイトの倉庫で働くオリヴィエ(同じくロマン・デュリス主演)は、妻と2人の子供たちと平凡で幸せな家庭を築いていると思ったが、ある日突然妻が家を出て行ってしまう。オリヴィエは妻の行方と家出の理由を探し求めながら、シングルファザーとして子育てをすることになり…。 ↩︎
  3. ヴァンサン・フィショ(Vincent Fichot)。約20年前に来日し日本人女性と結婚するが、2018年に妻が当時3歳と11ヶ月の子供2人を連れて出て行ってしまい、子供との面会を一切拒絶される。それ以来子供の連れ去り問題を解決するため、2021年の東京オリンピックでハンガーストライキを起こすなど、現在も抗議活動を続けている。また「Find My Parents」というサービスを開発し、親と引き離されてしまった子供が親を探し出すためのツールを提供する。実際に本編にも登場し、リリーは「Find My Parents」を使ってジェイと位置情報を共有する。 ↩︎
  4.  « Une part manquante », avec Romain Duris : le combat déchirant d’un père pour retrouver sa fille au Japon, Catherine Balle, Le Parisien, mise en ligne le 12 novembre 2024 (URLは下記の参考記事より)
    ↩︎
  5. 『Perfect Days』ヴィム・ヴェンダース、2023年 ↩︎
  6. 『ロスト・イン・トランスレーション』(原題:Lost in Translation)ソフィア・コッポラ、2003年 ↩︎
  7. 『ライク・サムワン・イン・ラブ』(原題:Like someone in Love)アッバス・キアロスタミ、2012年
    ↩︎

▼参考記事

–    « Une part manquante de Guillaume Senez », Dominique Martinez, Positif n°765, novembre 2024

–    ‘‘Une part manquante’’ : de la France au Japon, histoire d’un film en totale immersion, Cécile Mury, Télérama, mise en ligne le 11 janvier 2024, https://www.telerama.fr/cinema/une-part-manquante-de-la-france-au-japon-histoire-d-un-film-en-totale-immersion-7018824.php

–    ‘‘Une part manquante’’ : Romain Duris, émouvant en père prêt à tour pour retrouver sa fille au Japon, Cécile Mury, Télérama, mise en ligne le 12 novembre 2024, https://www.telerama.fr/cinema/une-part-manquante-romain-duris-emouvant-en-pere-pret-a-tout-pour-retrouver-sa-fille-au-japon_cri-7035421.php

–    « Une part manquante », avec Romain Duris : le combat déchirant d’un père pour retrouver sa fille au Japon, Catherine Balle, Le Parisien, mise en ligne le 12 novembre 2024, https://www.leparisien.fr/culture-loisirs/cinema/une-part-manquante-avec-romain-duris-le-combat-dechirant-dun-pere-pour-retrouver-sa-fille-au-japon-13-11-2024-JDN7PUHH4ZG7ZIMMZZKHQD2OXM.php

–    « Un drame intimiste d’une immense sensibilité », Olivier Bachelard, Abus de Ciné, https://www.abusdecine.com/critique/une-part-manquante/

–    « Une part manquante: jamais sans ma fille, au masculin et à Tokyo », Yves Bergeras, Le Quotidien, mise en ligne le 11 avril 2025, https://www.lequotidien.com/arts/cinema/2025/04/11/emune-part-manquanteem-jamais-sans-ma-fille-au-masculin-et-a-tokyo-LRUMTSWXHZDMRBK6336BK5NCYI/